まことの花にはあらず。ただ時分の花なり

表題は世阿弥の「花伝(かでん)書」、又は「風姿花伝」(室町時代の能楽論集)の中の有名な言葉です。

申楽を舞う若い美しい姿を今を盛りに咲く花に例えた「時分の花」に対して、
「まことの花」は修練を積み、芸に深みを加えた時に現れる姿です。

一般に日本の文化は時を経、修練を積むことに価値を置き、評価されます。

「道」と言う言葉をつけることにより、「道」の意味に、条理や道理、分別を含め、人生の目標にしてしまう。

単にスポーツである格闘技とは柔道や相撲道はあくまでも異なり、茶道や書道は芸術を越えたものであります。日本の文化にしか通じない、「創に言葉ありき」と規定してしまった西欧的思惟からは考えられない、理解を超えた理解によって成り立つものです。

その人にとって最高の芸が80歳にもなって出てくるというのは、芸道の極地でしょうし、最も尊ばれ大切にされます。急速に時代の様相が変わっていますが伝統文化にどのように影響してゆくのでしょうか。

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